13.居眠り

 春眠暁を覚えず。とにかくよく眠れる。特に電車の中は最高の寝室である。朝などは2駅もたずに寝てしまい、開いた文庫本の頁がほとんど変わっていない。

 車中の居眠りを見ていると、下を向いて寝る人、上を向いて寝る人、右や左に傾いて寝る人といろいろである。中にはいびきをかいている人もいる。これは困りものである。いびきのかき方によっては思わず笑ってしまうからである。単発であればよいが、延々と終点までやられると笑いから怒りに変わってくる。まあこの場合は、周りにいる人すべてが同じような被害を受けているわけで、取り立てて個人的に対策を講じなければならないというものではない。個人的に対策を講じなければならない場合としては、隣に座った人がこちらに寄りかかって居眠りをした場合である。右へ左へと行ったり来たりの場合は、向こう側へ行った際にもうこちら側へ来ないでくれ、と祈るばかりである。逆にこちらへ来た時は、早く向こう側へ行ってくれ、急ブレーキでもかけてくれればそれを利用して向こう側へ押しやれるのにと思うのだが、なかなかうまくいかない。どうもこちら側に寄りかかっている時間が長いように思うのは気のせいか? おそらく反対側にいる人も同じことを考えているのだろう。このような場合、ただじっとしていればよいのか、それとも当人に「もたれないでください」とはっきりといったほうがよいのか、あるいは揺れたふりをして相手を揺り起こすのがよいのか、いまだに結論が出ない。気になって車内を見ていると、電車が揺れたふりをしたり、頭を掻くふりをしたりして相手に気づかせようとしている人が多い。一瞬は相手も目を開け姿勢を正すのであるが、すぐに元通りになってしまう。ここで不思議に思うことは、必ずまた同じ方向に傾くのである。これでさっきの努力はまったく無駄になってしまう。このバトルはどちらかが降りるまで続けられるのである。見ているほうとしては、あきらめればよいのにと思う反面、そんなにいやなら、はっきり言うか、自分が立てばいいのにと思ってしまう。本来、寄りかかって寝ているほうが悪いのにもかかわらず、はっきりとした態度を示さない善良な市民に非難を向けてしまう自分が情けない。被害者が自分か他人かでこうも判断が変わっていいものだろうか・・・。

 なんとか早急に対策を立てる必要があるということでいろいろ考えた末、最も効果が期待でき、かつ簡単な方法を見つけた。相手と同じ方法をとるのである。要するに寝たふりをして、相手にもたれかかるのである。そのうちに相手も気がついて目が覚めてしまい、めでたしめでたしということになる。しかしこの時、相手から「もたれないでください」といわれた時はどうすればよいのか・・・。

 先日、若い女性が横に座った。もし、彼女が居眠りをし、もたれかかってきたときはどうしたものか、と余計な思案をしていた。「もたれないでください」というのも大人気ないし、寝たふりをしてもたれかかるというのは、変な酔っ払いの親父ととられかねない。いろいろと考えているうちにこちらが寝てしまった。酒眠下車駅を覚えず。反対側のホームへ向かう足取りのなんと重たいことか。飲んだら座るな、座るなら飲むな。基本の再徹底が必要である。それよりも、隣に座った女性に迷惑をかけなかったことを願うばかりである。