17.蕎麦

 雑穀でありながらも、蕎麦はゆるぎない地位を確立したように思う。以前から蕎麦が好きで、よくあちこちの蕎麦を食べ歩いている。蕎麦粉の割合は二八、十割、外一、どれでも特にこだわりはないが、蕎麦ツユの甘いのだけはごめんである。鰹節の風味が効いたものであれば申し分ない。ツユは多めがいい。ゆっくりと蕎麦湯で薄めながら飲むことに無上の喜びを感じる。しかし、ツユは少なめで、おかわりを申し出るといやな顔をする店や、薄いお湯のような蕎麦湯を出してくる店等、本当にそば専門店かと疑いたくなるような店がたまにある。中には手打ちと銘打って高い金額を設定しているところもある。確かに機械で作ることを考えると割高になるのは仕方がないが、それにしても高すぎるのではないだろうか。ざる蕎麦750円。流行のうどんチェーン店では、かけうどんの並は290円である。腰があり、出汁も十分に旨い。天かす、きざみネギは勘定外である。これと比べるのはとんでもないという声が聞こえてきそうであるが、手打ち蕎麦の750円はやはり高い。量もわずかなものである。大盛りを食べてもまだ満足しない程度の量である。この量に関しては、ある雑誌で「蕎麦は挽きたて、打ちたて、ゆでたてが一番」というのがあった。つまり、量が多いと食べるのに時間がかかり、「ゆでたて」の設定時間を越えるということになるのである。繊細な蕎麦は3口半程度で食べられる量ということになっているらしい。そばがきやかき揚げで一杯やったあとの蕎麦ではない。昼間の蕎麦はそれのみを食すために出かけているのである。量が少なすぎる。超大盛りを作るべし。先日某所で蕎麦を食べていると、隣の老人が蕎麦セットを食べていたが、食べる順番が間違っており、丼ものを先に食べ、そばを後回しにしていた。時間が経ちすぎた蕎麦は、固まって全部つながって持ち上がってきた。そこで、水をもらい蕎麦の固まりの上からかけてほぐしだした。ここまでくると蕎麦に対して失礼であり、味も変わってしまうので問題外である。いくら蕎麦だけでは量が足りないからといっても、繊細な蕎麦を食べるときは順番を考えるべきである。

 凝った創りで、いかにも蕎麦好きが高じて脱サラして始めましたというような店もある。確かにうまいのは認めるが、かといって特別美味くて毎週通うというほどでもない。適当に美味いのである。かつて読んだ本に、団塊の世代が定年すると蕎麦屋が増えるという話があった。理由を説明すると長くなるので割愛するが、要するに素人でも美味い蕎麦を打てるということである。鮨やフランス料理は、素人が始めようとしても基本ができていないと商売にならないが、蕎麦屋はできるというのである。それならばこの値段はちょっと高すぎるのではないだろうか。

 というわけで、疑問に思うとすぐに行動に移す悪い癖が出た。蕎麦を打ってみよう。味と金額を確認してみることにした。早速、蕎麦打ちセットなるものを購入し、蕎麦を打ってみた。1回目。説明書どおりの水を入れたが多すぎて、手に蕎麦がくっつきこねられない。そば粉を足して、どうにかこねあげ、それらしい細さに切断した。打ち粉が少なかったせいで、蕎麦がくっつきばらすのに一苦労した。沸騰した鍋に蕎麦を入れ、冷水で締める。当然、しっかりとコシを持たせるためにゆで方はアルデンテ。でき上がりは作ったときの三分の一の長さになっていた。なぜ切れたかは不明。しっかりとコシがあり、味は十分合格点である。これでおおよその要領がつかめた。2回目。かなりいいできである。適当な美味さがあり、十分に金を取れる出来ばえである。安価にすばやく4人前ぐらいはできてしまう。ではなぜ手打ち蕎麦は高いのか?おそらく蕎麦粉やツユにかなり金と時間をかけているものと思われる。その割には美味さの差がよく分からない。これはワインの金額と味の関係のようなものであろう。10倍の金額を出したからといって、10倍美味しいわけではない。せいぜい1.3~1.5倍といったところか。なかなか2倍まではいかない。

 ところで、出来上がった蕎麦の金額設定は?  750円!! ・・・???。特別な理由はないが、安くすると乾麺を使っているのではないかと疑われそうだし、1,000円にすると客が来ないような気がするし・・・、というわけでやっぱり手打ち蕎麦は750円がよく似合う。適当な美味しさと金額の関係が分かってしまうと蕎麦打ちセットの役目がなくなってしまった。結局、高い買い物であった。ここだけの話ではあるが、「ざる蕎麦750円」を見たときはこの話を思い出してもらいたい。