小物入れ(錦鯉1)

 小物入れの多くは、材木の木目の美しさを生かしたものを作ることが多い。自然木には、唯一無二の美しさを有するものが時として存在する。これを見ていると、どうしてもその美しさを生かしたものを作ってみたくなるのである。しかし、ここにある小物入れにはそれがない。柔らかい材質の材木で木箱を作った。いたって簡単である。表面の研磨を全く必要としない。理由は表面を分厚く塗装するからである。塗料を接着しやすくするためにも、表面はざらついていた方がいい。そのようにして出来上がった小物入れを、どのように塗装すれば美しく見えるか? 絵を描いたり、幾何学模様を入れるのは不可である。なぜなら、そのような芸術的なセンスを持ち合わせていないからである。それではどうするか? 意識して描くのではなく、偶然に期待をするのである。この小物入れは、黒を基調とすることに決めた。後はそこに色とりどりの漆を何層にも重ね塗りをする。表面全体に凹凸ができないように、数十回塗ったところで表面を研磨する。そしてまたその上に塗り重ねる。出来上がったものの表面を研磨していく。ほんのわずか数回擦るだけで、表面の景色が一変する。どこでやめるべきか? あと数回擦ると劇的にきれいな表情を見せてくれるかもしれないし、全くどうしようもないものになるかもしれない。どこかで決断をしなければならない。ここでもセンスのなさが顔をのぞかせる。しかし、そこは自らをアーティストと言い聞かせ、「えい、やっ」と、ふんぎりをつける。後はそれがベストであるとひたすら思い込む。これで完成である。このような模様は意図して作ろうとしても作れない。作れないからこそ言い逃れができるのである。偶然に期待をするというのも情けないが、それでいいものができるのも才能である、と思いたい。というわけでこれはそこそこ気に入った作品である。名付けて錦鯉。