14.ビールの泡

 ビールの泡は何のためにあるのか? このような話を某ビール会社の技術責任者というたいそうな肩書の方から聞いたことがある。それによると、コップに注いだビールの酸化を防止するために非常に重要な働きをしている。したがって、ビールの泡は是非ものであるということであった。生ビールをサーバーから注ぎ、最後にコックを逆向きに操作すると泡が出てくる。ビール:7、泡:3くらいになっていた。さすがに見た目に旨そうな割合である。ここですぐにその注ぎたての生ビールを手渡してくれれば、何の問題もなく「おっしゃる通り、ビールは泡が命」で済んだのである。しかし、自社製品の宣伝が長く、だんだんとイラついてきた。そんなに長く話をしていれば、せっかくのビールが酸化してしまうではないか・・・。ちょっと待てよ、いったいどの程度の時間で酸化するのか? 酸化すると味はどのように変化するのか? 居酒屋で中ジョッキをたのみ、飲み始めと飲み終わりで味が変わったという経験がない。確かに温度は変わる。生暖かいものよりキーンと冷えた方が旨いのはわかるが、酸化した味というのがわからない。泡で酸化を防ぐということが正しいのであれば、中ジョッキや大ジョッキなどという入れ物自体を否定することになる。これだけの量を泡が消えるまでに飲みきらなければならないからである。そのような飲み方をしている人を見たことがない。これでは何杯も続けて飲むことはできない。この説でいけばほとんどの人が、まずい酸化したビールに金を出して飲んでいることになる。それなら、泡がなくても酸化しないビールを開発せよといいたい。このような泡説は、日本中の居酒屋やビアホールを敵に回すことになるのではないだろうか。そのような間違った飲み方をしている店に、自社の自慢のビールを卸すことに問題はないのか? 儲かれば何でもいいのか? 少なくとも自社製品を美味しく飲んでもらうための技術指導が必要なのではないか? では、ちょっと高級な料理屋やレストランはどうか? 瓶ビールである。出てくるグラスは薄手の小さなものである。これならコップになみなみと注いでも一気に飲み干すことができる。しかし、しかしである。コップに注がれたビールは一気に飲めるが、瓶の中の残りのビールはどうなるのか。炭酸で満たされているので酸化しないというかもしれないが、それならコップやジョッキについても同じことが言える。表面は炭酸で覆われているので酸化しないということになる。そうなると泡が酸化を防止するという説明がつかなくなる。どこのビールメーカーも缶や瓶ビールを販売している。都合のいい説明だけで、商売をしようとするところに問題があるように思う。

 私説になるが、ビールの泡には効能が2種類あると思っている。一つ目は見ての通り、見た目の美しさである。泡と液体の一定の割合が旨さを引き立てる。もう一つは炭酸による刺激の調整である。ツンとして喉をチクチクと刺激したければ、グラスを傾け、一切泡を出さずにそそぐ。そうすればビールに含まれた炭酸が全く逃げず、ツンツンとした喉越しになる。個人的には好きではない。もっとまろやかなビールが飲みたければ。最初に高い位置からグラスに注ぎ、大量の泡を出す。その後はゆっくりと注ぎ炭酸の量を調節する。もっとまろやかにしたければ2度程度高い位置から注げばいい。このようにして、ツンツンとした炭酸を放出してやることでビールの味が変わる。これらが泡の役割であると思っている。よく宴会などでコップに半分程度になると、すぐに気を利かせて注ぐ人がいる。これはご法度である。わかりやすく説明をすると、魚料理に合わせて白ワインを飲んでいたら、いきなり赤ワインを注がれたようなものである。ビールほど繊細な飲み物はない。自分の気に入った喉越しにするために泡で調節し、個人仕様の味を楽しんでいるのである。ちょっと脂っこいものを食べたときは、泡の量を減らしツンとしたビールで後味を流す。薄味で出汁の利いた煮物などは泡を大量に出し、柔らかいビールにする。このように、1種類の飲み物で味を変えているのである。したがって、ビールはジョッキの「生中」ではなく「瓶ビール」に限る。

 「とりあえずビール」という表現に代表されるように、まだまだビールの存在感はアルコール度数と同じく低いように思う。