かつて多くの競技は人間の目で判定されていた。例外は陸上競技の短距離走と水泳くらいか? これらは早くから写真や時計が使用されていた。これで判定されると文句のつけようがない。
スポーツの多くが勝敗を決める競技であるため「僅差」に関してはどうしてもひいき目で見てしまう。しかし、「審判は絶対である」という前提の下ではいつまでも不満がくすぶる。時には審判やチーム、国にまで影響が及ぶこともある。スポーツマンシップというものがあるとするならばもってのほかということになるのであるが・・・。順位によってはその人の人生を大きく左右しかねないこともある。それを目視や感覚で判定されてはたまったものではない。より正確で万人が納得する方式で決する必要がある。そこで用いられるようになったのが「ビデオ判定」なるものである。今では野球、サッカー、柔道、バレーボール、バスケットボール、相撲等、数え上げればきりがない。これを使用することでゲーム中のうやむやが一気に解消される。「勝ったように見えたが、これではしょうがない」「やっぱりこれは反則だ!」ということになり、今までとは違った意味で、すっきりとした納得感が得られる。
ビデオ判定で最も感動したのは、2022年のサッカーワールドカップでの「三苫の1mm」である。あんなにも大きなサッカーコートの中を動き回り、かつそのごく一部分で、1mmという単位で判定ができるのである。この精度のすごさにはびっくりである。今後も微妙な判定に対してビデオ判定が行われ、結果がひっくり返ることもあるだろう。ビデオ判定には僅差の結果に対する判定と同時に反則、あるいはセーフかアウトかどうかの判定も可能である。人間同士が戦うのであるから、微妙な心理が働く可能性はある。そんな感情をぬきにしてビデオを見ることで冷静な判断ができる。世の中がAI一色で便利になっても、競技をするのは人間であるから価値がある。AI同士が競技をしても感動はないかもしれない。
ビデオ判定の導入は多くの競技に対して行われている。しかし、大多数の人が疑問を持ち、決して納得していない競技がある。「競歩」に対してビデオ判定の声は出ないのだろうか。一生懸命競技をしながら、審判に何度もイエローカードを提示され、ペナルティーを科せられる。挙句の果てに失格ということもある。不満はないのだろうか? なぜ抗議しないのだろうか? これだけ正確な判定が行われる現代において不思議な競技のひとつである。1日も早い導入を期待したいのだが・・・。