40.本(その5)

 部屋でタバコを吸うと、壁やカーテンが黄ばみ、部屋中がタバコ臭くなる。いやそれだけではない。服も髪の毛も口臭もタバコ臭くなる。そこで、どうすればこれを防げるかを一生懸命考えた。こんな簡単なことをなぜ一生懸命に考える必要があるのか? タバコをやめれば一発で解消することであるが、やめたくないから一生懸命考えたのである。出てきた結論は、煙が臭いからすべてが臭くなる、ということになった。臭くないタバコを吸えばいいのである。そこで思い浮かんだのがパイプタバコである。これは非常に香りがいい。しかし、このパイプというのが結構厄介な代物で、すべての葉を燃やし切るのが非常に困難なのである。すぐに火が消えてしまう。何度も何度も火をつけなければならない。火が消えないように吸い続けると、煙の温度が上がりすぎて香りが飛んでしまう。とにかく難しい喫煙具であった。

 こんな苦労をしているときに、本屋で「パイプのけむり」という本を見つけた。てっきり、「正しいパイプの使い方」が書かれているものと思い手にした。しかし思っていたこととは全く違ったが、これも何かの縁だと思い購入した。読んでみてすっかりとりこになってしまった。作者は團伊玖磨という音楽家である。そこに書かれている随筆は非常に面白かった。それだけではなく、そのタイトルがさらに面白かったのを覚えている。調べてみると、「パイプのけむり」「続パイプのけむり」「続々パイプのけむり」「又パイプのけむり」「又々パイプのけむり」「まだパイプのけむり」「まだまだパイプのけむり」「も一つパイプのけむり」「なおパイプのけむり」「なおなおパイプのけむり」「重ねてパイプのけむり」「重ね重ねパイプのけむり」「なおかつパイプのけむり」「またしてパイプのけむり」「さてパイプのけむり」「さてさてパイプのけむり」「ひねもすパイプのけむり」「よもすがらパイプのけむり」「明けてもパイプのけむり」「暮れてもパイプのけむり」「晴れてもパイプのけむり」「降ってもパイプのけむり」「さわやかパイプのけむり」「じわじわパイプのけむり」「どっこいパイプのけむり」「しっとりパイプのけむり」「さよならパイプのけむり」となっていた。面白いネーミングであったのは覚えているが、これほど多くあったことにびっくりした。

 禁煙を決意したときに最も障害になったのがパイプタバコである。紙巻きタバコはやめたいが、パイプタバコはやめたくなかった。ともにタバコであるからやめるのが当たり前ということになるのであるが・・・。個人的にはパイプタバコは全く別物であった。「さよならパイプのけむり」とはならないのである。それでも意を決して禁煙をした。

 タバコをやめて20年以上になるが、机の引き出しには、今もその当時のパイプを保存している。これを見るたびに、当時読んだ「パイプのけむり」シリーズが思い出される。「こんにちはパイプのけむり」となって語り掛けてくるようである。今は煙の出ないパイプになってしまったが、チャンバー(パイプタバコを入れる部分)には今もしっかりと当時の香りが残っている。