45.日本酒

 酒と料理に関しては切っても切れない関係があるように思う。国ごとに独特な料理があり、独特な酒がある。そしてそれらの組み合わせが最もよく合っている。ヨーロッパではワイン、ロシアはウォッカ、メキシコはテキーラ、中国は紹興酒、その他にもいろいろな酒がある。もちろん日本にもある。日本料理には日本酒である。日本料理といってもおおざっぱすぎる。各地方にそれぞれ郷土料理がある。それと同時にその郷土料理に合う酒がある。九州は焼酎、泡盛であろう。日本各地を旅行した場合は、その土地の料理を食べ、その土地の酒を飲むのが最もいい組み合わせとなるのである。鍋や刺身を食べながら飲む日本酒はまた格別である。冷でもよし、燗をしてもよし。とにかく美味しいものを食べるためには美味しい酒が必要なのである。これは相乗効果をもたらす。料理だけを食べるよりも数倍美味しくしてくれる。このような表現をすると、酒を飲まない人にとっては非常に気分が悪いことだと思うが、そこは大目に見てもらいたい。そのような体質なのである。酒を飲めない人が酒を飲むと気分が悪くなるのと基本は同じである。酒を飲むと料理が旨くなるようにできた体質なのである。

 ここから先は酒を飲まない人にはほとんど関係がないことなので、どうでもいいことに関してグダグダ言うな、ということになる。そこはちょっと大目に見てもらいたい。日本酒の注ぎ方に関して気になることがある。基本的には、酒はどのような種類も自分で注いで飲むのを基本にしている。長年かけて築き上げた独自の理論があるからである。それと同時にその時の気分があるからである。これが崩れるとせっかくの料理もまずくなってしまう。日本酒を注ぐときに、ガラスのコップに表面張力を利用して山盛り注がれると困ってしまう。どうやって飲めばいいのか? コップを揺らすことは厳禁である。ではこちらから迎えに行くしかない。コップが置かれたところまで口を近づけ、表面張力分を吸い上げるのである。もう一つは、皿や桝を置きそこへガラスのコップを乗せる。そしてなみなみと日本酒を注ぎ、わざとコップから溢れさせる(「注ぎこぼし」というらしい)。コップを持って飲もうとするとしずくがぽたぽたと落ちる。手で受けるとそのあと手を拭かなければならない。どうもこれらは嫌がらせをされているようで気に入らない。それと同時に、何か得をしたような気分になるのがもっと気に入らない。もともと小さなコップに入れるから、そのようなことになるのであって、大きなコップに入れれば何の問題もない。理屈がわかっていながら、得をしたような気分になる自分が嫌なのである。一部では、この「注ぎこぼし」という風習をやめようという声があるらしい。不潔だとか下品だとかいうことが理由らしい。ワインを飲むのにみんながみんなワイングラスということはないし、ビールなどは缶や瓶から直接飲んでいる人もいる。それぞれが最もおいしいと思う飲み方でいいのではないだろうか。ただし、それによって周りに迷惑がかかる場合は別である。

 個人的には、酒はゆったりと飲みたいと思っている。そのためには、日本酒は昔ながらの徳利と猪口を使い、手酌でゆったりと飲む。これに尽きる。美味しい料理を愛でながら、日本酒をさらに美味しく飲めるのである。ということで、決して正解のないどうでもいいようなことに理屈を付けて、酒飲み独特の理論を展開し、適当に結論付けるのである。しかし、量に関してはいつも理屈や理論を超えてしまうのが難点である。