26.くさや

 くさやは珍味であると思っている。しかし、そう思わない人が多すぎて困る。わが家でも御多分にもれず、誰もそう思っていない。仕方がないので自分で焼くことになる。もちろん自宅では焼くことができない。本意ではないがアトリエでの作業となる。窓を開けていたので、ハエが2匹入ってきた。これだけならどうということはないが、このハエが異常な執着心を持っているのに驚いた。通常、手で払うと逃げていくものであるが、全くその気配がない。むしろ、振っている手をうまくかわしながら、楽しんで飛んでいるようにさえ見える。焼きあがって冷ましている間はもっと大変である。焼いているときは熱くて直接止まることはないが、冷めてくると直接止まるからである。よほど魅力的なのだろう。飛び回っていてよく見えなかったが、もし、じっくりと見ることができていたなら、よだれをたっぷりと流しているのが見えたかもしれない。

 くさやを始めて食べる人は、まずこの臭いで食べる気をなくしてしまう。どんなものでもそうであるが、いったん口に入れてしまえば、それほど臭いというものは気にならないものである。しかし、最初に臭いを嗅いでいるので、なかなか口へはいかない。そしてくさやを前にした人のほとんどが同じ動作をする。一旦臭いを嗅いで、「くさっ」と一言発する。そして、しばらくして、もう一度臭いを嗅ぐ。そして再度、「くさっ」を繰り返す。絶対と言っていいくらい、最低でも2度は臭いを嗅ぐ。くさければやめておけばいいものを、また嗅いでみたくなるのである。化学薬品のように鼻の奥をツンと刺激するものであれば絶対に2度は臭いを嗅がない。面白いものである。くさやは2度嗅ぎをもよおす臭いなのである。そして、勇気のある人は恐るおそる一欠けら食べて、「まずっ」で終わりである。なんとも幅の狭い食生活である。この奥深い味を吟味せず、食品の部類から除外した人生はもったいないと思うが・・・。このようなタイプの人は恐らく、初級編の納豆でいっぱいいっぱいなのではないだろうか。中級篇のウオッシュタイプのチーズ、ドリアン、鮒ずしなどは当然拒否の対象であろう。上級のホンオフェ、シュールストレミングはいうに及ばずであろう。

 話を戻してくさやである。前回はアトリエで焼いたため、いろいろと問題が出た。まず体中が臭くなってしまった。服や髪の毛は洗えばそれで終了である。しかし、部屋の中の臭いはどうにもならない。どこが臭いのかわからない。いや、全体が臭いのである。したがって、ファブリーズを使いたくても使えない。仕方なくそのままにしたが、3日間臭いが残った。くさやの臭い恐るべしである。今回はこのような失敗をしないように庭で焼いた。もちろん明るい間は、世間の目があるのでやらない。異様な光景と臭いの元をさとられないためである。焼いている途中、風で2度ほどカセットコンロの火が消えたが、無事に焼き上がった。冷めるのを待って、皮、骨を取り除き、一口大に裂き瓶に詰めた。しっかりと締った身には、発酵食品特有のうま味がある。今度はハエではなく、こちらがよだれを流しそうになった。これでまた、うまい焼酎が飲める。こっそりと部屋へ持ち込もうとしたが、リビングに入った瞬間に見破られてしまった。服に臭いがついていたらしい。焼いている間中、風はフォローであったはずであるが・・・。さすがにくさやは臭い。