39.一斉スタート

 一斉スタートと聞いて何を思い浮かべるであろうか? スポーツ好きなら箱根駅伝を思い浮かべるだろう。これは往路と復路で構成されている。往路終了時に先頭から10分以上遅れた大学は、翌日の復路で先頭がスタートしてから10分後に、遅れた全校が同時にスタートする。これを一斉スタートという。これとよく似たスタートの仕方に繰り上げスタートというのがある。これも箱根駅伝で使われる言葉である。こちらは、往路、復路の各中継所ごとに決められ、先頭が通過してから一定時間以上経過しても来なかった場合に適応されるスタート方式である。これらはともに、公道を長時間にわたって占有することがないようにするという配慮である。見る側からすると、実際の映像と順位の関係がよくわからなくなるという混乱が生じるが、この程度は我慢しなければならないだろう。社会生活を正常に営むために必要なインフラを使用させてもらっているのであるから、これは致し方ないことである。

 今回ここでとり上げているのは箱根駅伝ではない。食事のはなしである。たまに、ほんのたまに見かけるのであるが、店側が客に対して一斉スタートを要請していることがある。ランチの場合であれば、12時、13時30分一斉スタート、と記されている。通常、店の営業時間は12時~15時(LO:14時30分)となるところである。最初は意味を理解できなかった。よくよく調べてみると、その意味を理解することができた。12時と13時30分に食事をスタートさせるということである。客の意思は全く入り込む余地はない。関係ないのである。店側からすると、最高の食材を、最高の調理で、最高のタイミングで食べてもらいたい。そうすることで、食事に対して最高の満足を感じてもらいたい、ということであろう。本当に美味しいものを提供しようと思えば、そうならざるを得ないように思う。ばらばらな時間に客がやって来て別々のものをたのめば、それらすべてを完璧に調理し、待ち時間なく提供することは困難である。しかし、見方を変えれば、当店はこれらの時間に食事を開始するので、食べたい人はこの時間に来るようにしてください。それ以外の時間では一切受け付けません、ということである。かなり強気な店である。いや、それ以上に弱気な客の集まりという感じがしないでもない。

 この場合の一斉スタートは、箱根駅伝のように公共施設の独占使用を控えようという謙虚なものとはかなり違っている。店側の独断専行を認めるような行為ではないか? このような食事風景をテレビで見る機会があった。かなり高価そうな店である。それにもかかわらず予約は数か月から半年待ち、ということらしい。そこまでして食べたいものなのか? カウンターにずらりと並び、みんなが一斉に同じものを食べ始める。何とも不思議な気分にさせられる。これを見ていて、どこかで同じような光景を目にしたことがあるような気がしてきた。そうそう、ケージに入れられた鶏に餌が供給されたときと同じである。全羽が一斉に餌をついばむあれである。ケージに入れられた鶏ではなく、放し飼いの鶏でいたいものである。とはいいつつも、ケージに入れられてもいいから、一度は食べてみたい「一斉スタート」。しかし、半年は待てないので、「繰り上げスタート」にしてくれないだろうか。