50.肉

  牛肉は好きでよく食べる。ただ、若いころのように大量には食べられない。大量といっても、若いころによく行っていた店では、輸入牛肉の赤身で300gというのが精一杯の量であった。厚さが3cm程度あり、よく焼いても完全に火が入らないので中はレア状態である。食べ続けているとじわじわと血が出てきて後半は気持ちが悪くなってくる。そこで、出されるとすぐに適当な大きさに切り分け、熱々の鉄板に押し付けて血の流出を防ぐ作業を行う。こうすればどうにか食べられる最大量が300gであった。これも赤身だから食べられたが、霜降りでは値段はもちろんのこと量も食べられなかっただろう。冷めたギトギトの脂ではとても食べられない。血よりも気持ちが悪くなるかもしれない。

  ほとんど高級な肉を食べることがない身としては、気にする必要がないように思うのだが、それでも気になって気になってしょうがないことがある。それはあまりにも「A5」という表現をよく耳にするからである。いい肉を食べられないヒガミからではなく、意味を間違えて使っていることに対して気になるのである。「A」と「5」という、アルファベットと数字の意味を知らずに使っているように思える。アルファベットは「歩留まり等級」、つまり、セリにかけられる枝肉の重量に対して、どのくらいの肉が得られるか、という等級を表している。もちろんAが最もいいのである。しかし、食べる側からすると、この歩留まりに関してはまったく意味を持たない。AであろうとCであろうとかまわないのである。関係があるのは数字である。「脂肪交雑」「肉の光沢」「肉の締まり及びきめ」「脂肪の色沢と質」の4項目のうち、最も低い等級に格付けされるのが肉質等級である「数字」ということになる。このような取り決めがあるにもかかわらず、なにがなんでもA5と表現しようとするところに疑問を感じる。B5やC5だと格が落ちると思っているようなところがある。商品として客に提供するときは「ランク5の肉です」だけで十分通じる話である。にもかかわらず、A5と言われると、本当にこの店は肉のことを知っているのか、と疑ってしまう。まさかとは思うが、「A5ランクのシャトーブリアン」というようなことを言い出す店が出てくるのではないかと内心ハラハラしている。

 豚肉に関しては、イベリコ豚が気になる言葉である。スペインで生産されている豚であるにもかかわらず、いったいどのくらいの量が日本に輸入されているのか、と思ってしまう。「イベリコ豚のオリーブクリームソース」「イベリコ豚とリンゴの煮込み」「イベリコ豚のピカタ」「イベリコ豚ときのこのペペロン炒め」「イベリコ豚のハニーマスタードソース」等。日本中であまりにも多く消費されているので、スペイン人がイベリコ豚を全く食べられないのではないかと心配になってくる。

 鶏に関しては比内鶏である。これは天然記念物であるため食用にはできない。食用にしているのは比内地鶏である。

 一時期、食品偽装問題で大騒ぎをしたことがふと脳裏をよぎる。このような理由で、「A5」「イベリコ豚」「比内鶏」がメニューに載っている店では食べないことにしている。客引きをしている店と同じで、絶対に美味しいはずがない、と思いたい。いや、思うも思わないも、本当の味を知らないので騙されてもわからない。そのことが情けない。