サザエ

 サザエは刺身がいいか、つぼ焼きがいいか? どちらにも引きつけられる良さがある。したがって、どちらか一方に絞るというような、大胆で無謀な決断をすることはできない。どのような割合で刺身とつぼ焼きにするか、という難題に挑戦しなければならない。ここはアルコールの力を借りることにする。ビールが飲みたければつぼ焼き、日本酒をちびちびやりたければ刺身を多めにするのである。

 美味しく食べた後は当然のことながら殻が残る。どの殻を見ても大小の違いはあれど、形状はほとんど相似形である。魚や昆虫のように、遺伝子に形状が組み込まれているのとは違い、自分の力で後天的に作っているのである。周りを見渡して、仲間をまねて作っているというわけではないだろう。遺伝子に組み込まれた作業をこなしているだけである、といってしまえばそれまでなのであるが・・・。それにしてもよく同じように作れるものである。しかも見事な形である。渦を巻いたその形が見事である。ある所から一気に広がっているが、その広がり方に嫌味がない。見事としか言いようがない。その美しさに引き込まれてしまう。形の美しさに反して、その表面はごつごつ、ざらざらして美しさからは程遠い。長い海底生活で多くのいじめに出合ってきたのだろうか? フジツボや海藻を多く付着させられ、その美しさを奪われている。ひょっとすると、わざとこれらを付着させることで、敵の目を欺いているのかもしれないが・・・。

 いずれにしても、この形の美しさをそのままにして捨てるわけにはいかない。一度きれいに研磨し、サザエ本来の美しさを見てみたいという衝動に駆られた。ルーター(歯科医で見かける歯を削る研磨器)で表面のフジツボや海藻を削り取っていくと、緑や黄土色のきれいな縞模様が出てきた。この作業中はずーーーっと、ビールが飲みたくなってしょうがなかった。理由はサザエのつぼ焼きと同じ匂いがしたからである。海藻が適度に磯臭さを出し、貝殻が焼ける匂いと一体になりそれを感じさせた。唯一、醤油の焦げるにおいだけが足りなかった。つまり、サザエのつぼ焼きはサザエの身が焼けるにおいではなく、貝殻に付いた藻と殻が焼ける匂いなのだということが分かった。

 それをさらに削ると、白一色になった。硬い石灰質の層である。さらに削っていくと、今度はキラキラと光り輝く真珠のような層が出てきた。これは見事な色合いである。もうこれ以上削る勇気はない。この層は非常に硬いが、薄くすぐに穴がいてしまう。殻全体をこの色になるまで研磨しよう。このキラキラが出るまでの白い層が、恐ろしく硬いのである。1cm四方を削るだけで、ルーターが熱く熱を持つ。休み休みの作業を強いられる。これを何度も何度も繰り返すのである。最後は殻を酸で洗って表面をきれいにする。全く見違える姿になったサザエは、作品というに値する形と美しさである。自分が創造したものではないのが残念である。自然の美しさには到底かなわない、ということを実感させられる。今日はこれを眺めながら一杯飲むことにしよう。さて、ビールがいいか、日本酒がいいか? いや、迷うことはない。両方飲めばいいのである。サザエは身でも殻でも酒が飲める。
 
<表面を研磨>
 
 
<ピッカピカ>