53.山歩き(その1)

 ある日、散歩でちょっと遠出をした。とはいっても、数キロ先の山のふもとあたりまでなのであるが・・・。山のすぐ下は新興住宅地である。道路と山とはフェンスで仕切られている。山の持ち主が、外部から人が入るのを拒否するためなのか、それとも山から野生動物が下りてくるのを防御するためなのかはわからない。そんなフェンスの一部に人がぎりぎり入り込める隙間がある。そのフェンスは1mくらいのコンクリート製の基礎の上に設置されている。不思議なことに、そのコンクリート製の基礎に上れるように、踏み台が設置されている。いかにもここから入ってください、と言わんばかりのおぜん立てである。その先はうっそうとした雑木林である。こんな不気味な所へ入ろうとは思わない。二度目にここを訪れた時に奇妙な光景を目にした。わずかな時間差で、ここの隙間から山へ入る人が2人いたのである。えっ、まさかこのような隙間から山へ入る人が立て続けに2人もいるとは? 純粋な山歩きではなく、ひょっとすると麻薬の取引でも行っているのでは? これは絶対に入るべきではない。君子危うきに近寄らず、ではなく、凡人麻薬の取引現場に近寄らず、である。

 あの日から数日後、やはりあのフェンスの向こう側が気になる。ここは一大決心をして一度入ってみるか? という気になってきた。入ってみると、山道はしっかりと踏み固められ、雑草が生えていないところを見ると、多くの人が行き来していることが分かった。これでは、麻薬の取引などとてもではないが不可能である。山道はず―――と続いているのであるが、目的地がどこなのかわからない。それとも目的地はなく、山を楽しんで歩くために道が付けられているのかもしれない。それにしても目的地が分からない山道を歩き続けるのは不安なものである。人っ子一人出会わない。しばらく歩いていると、目的地らしきものが書かれた看板が立ててあった。それによると、某寺の奥の院ということになっていた。名前は聞いたことがあったが、こんな山深いところに存在するとは思わなかった。

 上り始めて30分、ようやくその目的地に到着した。そこには多くの人がいた。誰にも会わず歩いてきたが、これにはびっくりした。どうやらここへの経路は複数あるようである。今日上ってきたところはマイナーな経路であろうと思われる。何しろフェンスの隙間からスタートするのであるから・・・。ここへ上ってくる人は、参拝というよりは山歩きが目的、という感じの人が多いように見受けられる。奥の院のさらに2km上方に、この山の山頂があるという。ここまででもかなりきついにもかかわらず、さらに2km上るとなると足が進まない。そんなことを数度繰り返していると、どういうわけか自然と足がそちらを向いて動き出した。これはもう上るしかない。うっそうとした山道をひたすら歩き続けて目的の山頂に着いた。その周りは木におおわれ、下界の素晴らしい景色を見ることができず、大きく期待を外されてしまった。山頂という地理的な事実だけでしかなかった。そこにいた数人の人がお弁当を広げ、楽しそうに食事をし、満足そうな笑顔で会話をしていた。同じ場所でも期待するものがこれほど違うものかと、わが心の貧しさをしみじみと反省した。