67.運賃

 運賃とはいったい何であろうかと思うことがよくある。もしこれを定義するならば、「人や荷物をある目的地まで運ぶために支払う料金」とでもなるのだろうか。これからすると矛盾することがたくさんでてくる。まず、朝の通勤ラッシュ時は、始発駅でほぼ満席になるため、一つ先の駅から乗車する人は座れない。そうするとどういう対応をとるかというと、一駅逆行して始発駅まで行き、そこから座って行くのである。その人からすれば最寄りの駅から目的地までの乗車のつもりかもしれないが、移動した距離は明らかに運賃以上の距離である。これは明らかに不正乗車である。このような人を結構見かける。大人と子供の運賃の差もすっきりとはしない。容積や重量ではなく年齢の大小で金額が変わる。感情的なことに関しては、座席に置かれた荷物である。もちろん運賃は支払っていないだろう。空いているときはいいのであるが、満席近くになってきたにもかかわらず、荷物を膝の上に載せず座席に置いている場合である。その荷物がなければもう一人座れるのであるが、荷物のために座れない。これは、座っていても立っていても料金が同じであるために起こる問題である。料金が同じであるから、少しでも楽をしようとして座るのである。みんなが座りたがるので、年寄り、妊婦、及び体の不自由な人に席を譲りましょう、というようなことをアピールする必要が生じるのである。ところが、年配の人の中には高齢者扱いをされたくないと思う人がいるので困るのである。席を譲られても、「すぐに降りますから」と言って座らないのである。譲った人は、立ち上がったために再度座るのは格好がつかない。かといって周りの人も状況を知っているために座れない。結局、席が空いたままの状態で気まずい雰囲気が続く。次の駅から乗ってきた人は状況がわからないので、グッドタイミングとばかりに座ってしまう。一応、これで気まずい空気は消えるが、何となくすっきりとしない。席を譲ってもらいたくないという人は、座っている人の前に来ないで、ドア近辺にいた方がいいのかもしれない。それとは逆に、わずか1駅にもかかわらず、あつかましくちょっとした隙間があれば座ろうとする人がいる。立っていられないほどの状態ではなく、立っているよりも座っている方が楽だから、あるいは徳だから、が本音であろう。

 世界一高齢化した日本では、朝夕の通勤ラッシュ帯を除けば、乗車客の大半は優先座席の使用権利を有する「高齢者」「妊婦」「子ども連れ」である。したがって、全車両優先席ということでも不思議ではない。1車両のごく一部にしか優先席がないこと自体が時代遅れなのではないだろうか? 全車両優先席にすれば、座る方も相当な勇気がいることになる。このような考え方をする当方は、ちょっと頭が不自由なのかもしれない。したがって、優先席には優先的に座れることになるのだが・・・。