茶碗

 見た目は湯呑と同じ陶器である。しかし、決定的な違いがある。それは、湯呑が雑器であるのに対して、茶碗は茶器であるということである。つまり、一気に値段が跳ね上がるのである。徳利、猪口なども茶器である。茶席で使われるものはそのような扱いになる。決して高価なものが趣味というわけではなく、あくまでもお茶が趣味なのである。そのお茶を飲む器が雑器か茶器かで雲泥の差となる。できることなら抹茶は外しておきたかった。しかし、抹茶を味わってしまうと、どうしても外せなくなってしまった。井戸茶碗、筒茶碗といろいろな形はあるが、その優雅さと美しさはさすが茶器である。気品を感じる。しかし、お茶の作法は一切知らない。その日の気分に合わせた適量の抹茶を入れて、茶筅でバシャバシャとやって飲むのである。ただ、煎茶などと違って、それなりの準備が必要である。まず、冷蔵庫から出した抹茶が室温になるまで待たなければならない。お湯の温度も熱過ぎてはいけない。非常にデリケートなお茶であるだけに気を使う。結構面倒くさいのである。ようやく飲むとなっても、じっくりと飲むわけにはいかない。お茶が沈殿するからである。時間をかけて準備した割には、あっという間に飲み終えてしまう。後始末も大変である。よほど気合を入れないと、なかなか使用に踏み切れない。

                                                                         


<その1>径:150×高さ:80mm

 

 井戸茶碗である。非常に細かい貫入が両面に入っている。井戸茶碗の約束事をしっかりと踏襲した茶碗である。高台付近には残雪を思わせるような真っ白な釉薬(かいらぎ)がごつごつとしている。一部分は釉薬がかからない釉はげが見られいい景色となっている。胴から腰の部分にかけてのぽってりとしたふくらみが両手に吸い付くような抱え心地を生む。この部分の轆轤目がしっかりとしており、より手にしっくりとくる。厚すぎず、薄すぎず適度な厚みが程よい重量となっている。底の部分も厚すぎず、飲む角度に違和感なくスッと傾けられる。口当たりがよく、飲みやすい茶碗である。

 

 

<その2>径:120×高さ:100mm

 

 これは筒型の茶碗である。深さはそれほどないので、半筒型である。楽茶碗によく見られる形状である。でこぼこした表面に真っ白な分厚い釉薬がかかり、とても陶器のようには見えない。おいしそうなせんべいのような感じである。大きさもさることながら、胴から腰にかけて肉厚なため、しっかりとした重さを感じる。表面の凸凹がなければ、するりと手から落ちてしまいそうである。器の中は、表面ほど分厚い釉薬はかかっていない。泡立てた卵白を薄く塗ったような感じである。大きいため、たっぷりと抹茶を飲みたいときには最適である。冷めにくい器のため、冬に使うとさらにいい。


 


<その3>径:125×高さ:70mm

 

 瀬戸伊賀の茶碗である。両手のひらにすっぽりと収まってしまうほど小ぶりである。形状としては熊川(こもがい)形である。胴から腰のあたりが、ふっくらと美しい曲線を描いている。そして、口縁部が外側にくるりとそっている。非常に特徴的な形をしている。ところどころに白い釉薬が塗られている。それと下地の釉薬が見事な色合いをなしている。小石を引きずった傷痕に入った釉薬が、一段と濃い色となり、いい景色をなしている。茶碗内部の釉薬は、茶溜りの手前で止まっているところがいい。口縁部の反りが口にぴたりと当たり、飲みやすい茶碗である。

 

 

<その4>径:135×高さ:55mm

 備前焼の平形(ひらなり)である。形は茶碗というよりは、皿を少し深くした鉢に近い形である。腰から口縁部までほとんど直線的な立ち上がりである。底が浅いので空気に触れる部分が多く、抹茶も早く冷める。したがって、夏にはいいが冬にはあまり向いていない器である。そのため「夏茶碗」と呼ばれる。

 器の外側には直接炎が当たらないようにし、内側のみに炎が当たるようにして焼いてある。したがって、外側は備前焼特有の濃い茶色一色であるが、内側は灰被りのようになっている。中央部にはぐい飲みのようなものを置いて焼いたので、そこには灰が一切落ちておらず、つるりとしている。抹茶を立てやすく茶だまりもはっきりとわかる。

高台は控えめに小さい作りである。その付け根のところをえぐってあるので、小さいながらもきりっと引き締まった感じを与えている。

 

<その5>径:130×高さ:75mm

 薄い灰色の釉薬に小豆色の梅が3本描かれた茶碗である。石物に近いずっしりと密度の高い重さを感じる。形は腰から胴にかけてすっきりと立ち上がり、椀形よりは杉形に近い形状で手にすっぽりと収まる。茶溜まりは小さめに品よく仕上げられている。高台は大き過ぎず小さすぎず、バランスのいい大きさである。その上部がうっすらと盛り上がり竹の節のような形をしている。高台の裏側には作者の銘が押してあり、その部分だけ釉薬がかかっていないので、はっきりと読み取ることができる。釉薬は内外共に細かい貫入が入っている。使い込むことできれいな経年変化を予感させてくれる。外側の釉薬は胴の中央部分から高台にかけて、ごつごつとして小さな穴が開いたようになっている。

 絵の感じから春先に使うのがふさわしいが、冬の終わりが近づくころがさらにいい。間もなく訪れる春を予感させつつ色鮮やかな薄茶を飲むと、一足早く春が訪れるような気分にさせてくれる。紅梅の柔らかな色使いが温かみを生み出している。女性作家らしい色使いである。

 

<その6>径:115mm×高さ:85mm

 もっとも典型的な色合いの備前焼である。備前焼は焼しめられた硬さがあるので、扱いは萩焼ほど気をつかわなくていいところが助かる。形は半筒型である。胴の部分が垂直に立ち上がり、ちょうど指4本でしっかりと持てる高さである。大ぶりな作りで、たっぷりと抹茶を飲むときには最適な大きさである。轆轤で一気に引いた力強さが表面に現れている。内部はやや黄色味がかかった灰色で、抹茶の見事な緑色が映える。外側は火襷と灰かぶりが混ざり、見事な景色となっている。色は明るい茶色、焦げ茶色、灰色がランダムに入り乱れている。高台は低くバランスのいい大きさである。器の形自体がどっしりとしているので、さらに安定感が増す。これくらい大きな器で抹茶をごくごく飲むためには、かなり高級な抹茶でないと喉につかえてしまう。きれいな緑色をした柔らかい味の抹茶を必要とする。ランニングコストのかかる茶碗である。

 

<その7>径:90mm×高さ:100mm

 これは深筒形の萩焼茶碗である。湯呑を二回りほど大きくしたような形である。これに煎茶を入れれば、急須一杯分が入ってしまうだろう。それくらい大きいものである。深さがあるので抹茶が冷めにくい。冬に使うと手にぬくもりが伝わり、味だけでなく温かさも同時に楽しめる。萩焼独特の色がさらに暖かみを与えてくれる。備前や丹波焼のような焼き締められた硬さはなく、柔らかい肌触りである。高台はさらりと削り出されているが雑な感じは受けない。深筒型茶碗によく合う形状になっている。萩焼お決まりの切高台である。高台上部の立ち上がりから胴にかけての曲線がぴったりと手になじむ。見た目以上に感心させられる形状である。

 茶筅がすっぽりと入るくらい深いが、パシャパシャと泡立てることは十分可能である。とはいえ、井戸茶碗のように口の広いものに比べると、やや泡立ちに欠けるところはある。

 

<その8>径:135mm×高さ:75mm

 凛々しい形をした茶碗である。ちょっと見には、信楽焼か伊賀焼のように見えるがそうではない。土は非常に細かく、信楽焼のような大きな石は全く入っていない。釉薬がぬられていないのでざらっとしているが、ごつごつ感はない。しっかりと焼しめられ、灰釉があちこちで流れ、きれいな模様をなしている。松材を燃やした時にできる灰が大量に付き、緑の釉薬をかけたようになっている。その流れ落ちた灰釉が茶溜まりまで到達している。

 作者は陶芸家であるとともに茶道の家元でもある。そのため、茶碗の形、大きさ、重さ、色合いのどれをとっても素晴らしい。茶碗の外側はろくろ仕上げではなく、ヘラで面をとってある。これが非常に手に具合よく引っかかる。非常に使いやすい茶碗である。

 胴の部分が素晴らしい曲線を描いている。その下に位置する高台も品の良い形で収まっている。