111.人間ドック

 人間の体には37兆個の細胞があり、毎日数千個の細胞ががん化しているという。この数字だけを見るとなんとも恐ろしいことである。しかし、免疫細胞がこのがん細胞をやっつけているので大きな問題もなく毎日を過ごせているのである。ありがたいことである。自分の意志に関わりなく真面目に確実に職務を全うしてくれているのである。もうこれには感謝あるのみである。毎年定期的に行っている人間ドックでは、毎回何かしらの項目で引っかかる。若いころから基準値を超えていたのは、中性脂肪やコレステロールの値であった。かつてこれらの数値の基準値が引き上げられたので、今まで不適合であったものが適合範囲に入ってしまった。何とも納得のいかない変更である。病人扱いされていたものが、いきなり「問題なし」「健康体」になるのである。こうなると、「なーんだその程度のものか」と思ってしまう。その程度のものをわざわざ調べることもないのではないか? 他の項目においても、もう少し年月を経ると正常値に変化するのではないか? こんなことを考えてしまう。要するに人間ドックというものの必要性に疑問符がつくのである。とはいえ、がんに関してはやはり早期発見ということを意識する。「がんは放置するのが一番」というような主張をされる人もいるようであるが、わが身のこととなるとそうはいかない。早期であればやはり何とかしたいと思う。

 数年前、人間ドックで便潜血反応が陽性になった。大腸での出血の可能性、つまり大腸がんの疑いがあるということである。精密検査の必要性が指摘された。早速大腸の内視鏡検査を依頼した。ついでに胃の内視鏡検査も実施した。胃の内視鏡検査は、前日の夜10時以降は絶食という程度のものである。しかし、大腸の内視鏡検査はその程度では済まない。同じく前日の夜10時以降は絶食であるが、当日の下剤の服用がきついのである。2時間かけて、2リットルの下剤を飲むのである。ビールなら2リットル程度あっという間に飲めるが、フルーツ味の下剤を2リットル飲むのはかなり苦しい。その間にトイレに入ること数回。一生懸命育てた腸内フローラはすべてトイレに流すことになる。検査自体は睡眠導入剤の注射で全く記憶にない。大腸内の小さなポリープを2個摘出して終了である。後日そのポリープの生体検査結果を聞いて、異常がなかったことで一安心する。その前の人間ドックも同じところで行ったが、胃にうっすらと影がでているということで胃カメラをやった。しかし、何の異常もなかった。

 検査を受けることによってがんの早期発見ができれば“利益”になる。しかし、問題がなければしなくていい検査を余分にしたのであるから“不利益”を受けたことになる。高額な検査費用と貴重な時間を費やしたのである。そして、検査結果が出るまでの不安な日々。こうして見てくると、人間ドックの信頼性に疑問を持たざるをえなくなってくる。本当にしっかりとした知識と技術のある医者が判断をしているのか? 2回続けて誤診? とまではいかないまでも、精密検査を受けて問題がない、ということになると疑わざるをえなくなってくる。信頼できる診療機関の選択が非常に重要になってくる。とはいえ、理屈ではわかっているのであるが、精密検査で異常がないことがわかると、不利益を受けているにもかかわらず「あー、よかった」とほっとする自分が情けない。