23.五月病

 風薫る5月。季節的には最もよいときである。暑くもなく、寒くもなく、行楽に、勉学に、趣味に最適な季節である。しかし、この5月が苦手である。毎年5月になるとつらい過去を思い出す。かつて、5月のある日、腕に湿疹ができた。食べ物によるアレルギー性の蕁麻疹である、と自分では思い込んでいた。一生懸命に昨日と一昨日の食べ物を順番に思い出してみた。しかし、この作業が思ったほどスムースにいかないのである。朝はほとんど同じものを食べるので簡単に思い出せる。昼と夜がなかなか思い出せない。いかに無意識に食べているかがよくわかる。食べ物をすべて思い出したところで、アレルギーを起こす物質を特定することはできないのであるが、一応行なってみるところに満足感がある。そして、それらしき食べ物が含まれていると、きっとあの食べ物のせいでこうなったんだ、次回から気をつけよう、ということでいくらか気分が楽になるのである。ところが、あまりにかゆみがひどいので医者へ行った。すると、まず説教から始まった。医者いわく、「アレルギー性の蕁麻疹について定義をしておきます。湿疹の場合は数時間、通常は1時間以内に消えて、次の場所へ移動します。湿疹が1日中同じところから動かないというようなことはありません。したがって、これはアレルギーによる蕁麻疹ではなく、何かによるかぶれです。草木や薬品によるものです。ここ数日間で、思い当たるものはありませんか。原因がはっきりしないと、再発してまたつらい思いをすることになりますよ」 患者が勝手に、食べ物によるアレルギー性の蕁麻疹であると特定したことがよほど気に入らないのか、あるいは、個人的な性格できっちりと説明をしないと気がすまないたちなのかは分からないが、いきなり出鼻をくじかれた感じである。数日間を振り返るが、思い当たるものが見つからない。それよりも、再発の件は後ほどゆっくりと考えるので、今の症状を早く何とかしてくれよ、という表情を読み取られたのかどうかは分からないが、話が核心に向かった。「このような症状は塗り薬だけでは早期治療は無理です。飲み薬との併用で早く治すことができます。まず、塗り薬ですが、副腎皮質ホルモンを含んだ効果の強いものを出しておきます。1日に3回程度患部にやさしく塗ってください。飲み薬も出しておきますので、1日2回朝夕食後に服用してください。1~2日で効果が出ます」 やはり医者というものは、自信があってもなくてもすべて断言することが大事である。これでもうかゆみも落ち着き、治ったような気がしてくるから不思議である。帰り間際、医者がカルテを見ながら一言。「去年も5月に湿疹で来院していますね。このときも何かにかぶれていますよ」 そう言われればそんな気がしてきたが、そのときはたまたま偶然が重なったのかなという思いであった。

 家に帰り早速薬を塗り、夜まで待てないので飲み薬を飲むことにした。最近の薬はすべて写真付きで、名称、効能書きが入っているので何かと便利である。しかし、このときばかりは逆効果であった。飲み薬の効能書きに「アレルギーによる症状をおさえます」と書かれていた。 あれっ、アレルギーによる湿疹ではなく、かぶれによる・・・という話ではなかったのか。この薬は効くのか、効かないのか? こういう疑問が出てくると、薬もなかなか効かないものである。案の定、飲み薬と塗り薬を併用したが一向にかゆみが引かない。結局、10日間かゆみと闘うという苦しい思いをすることになった。塗り薬、飲み薬の併用でもあまり効果が出ないので、体の内部からも消毒をおこなったほうがよいだろうと、アルコール消毒をおこなったところ大変なことになった。血行がよくなるということは知っていたが、それがこれほど恐ろしいかゆみをともなうことになろうとは思いもよらなかった。患部は赤くはれて、数百匹の蚊が腕を集中攻撃しているような感じである。アルコール消毒は心身ともに健全なときにおこなうべきものであることが十分すぎるほど分かった。病気やケガ、体に異常があるときにアルコールは禁物である、という当たり前のことを再認識させられた。

 女房から、毎年この時期になると湿疹ができるのはどういうわけ? と聞かれたので、医者に、去年も来ていますよ、と言われた話をした。すると女房いわく「去年だけでなく一昨年もそうである」と言う。原因をつかむためにいろいろと試してみようと思ったが、また湿疹ができるのも嫌である。その後は何事もなく無事に5月を迎えられているが、今でも5月になると何をするにも慎重になってしまう。ほんのわずかにかゆみが出ても湿疹が出ているのではないかと失神しそうになる。今年も5月1日は4月31日と変換することにしよう。その後は32、33、34日・・・。結局、日にちの前に3を付けただけのことであるが、気分的には4月である。決して5月ではない。