91.クマンバチ
「クマバチ」か「クマンバチ」か? どちらも同じ蜂であるが呼び方が違う。「クマバチ」は凶暴で怖い感じが出てあまり使いたくない。それに比べると「クマンバチ」はなにか愛嬌を感じていい。それほど危険な蜂ではないので、ここではクマンバチを使用したい。
このコラムでもよく出てくる山歩きにクマンバチが関係する。2~3cmくらいで真っ黒な身体の胸あたりが黄色い色をしている。ずんぐりむっくりで、アシナガバチやスズメバチに比べると非常に不格好な姿をしている。しかし、姿かたちからは想像できないくらいホバリングがうまい。空中の一点にぴたりと静止する姿は見事としか言いようがない。春頃に山歩きをしていると、20m~30m間隔でクマンバチがこちらの様子をうかがいながらホバリングをしている。高さは地上から3~5mといったところか。たまに目の高さまで下りてきて、こちらの様子をうかがっている。道の両端には無数のタンポポが咲いている。その上方にはミツバツツジが紫色の小さな花を大量に咲かせている。それらの花には見向きもしない。ホバリング時の羽音を聞いていると、ものすごいエネルギーを消費しているだろうと思われる。減量するにはこれ以上最適なメニューはないだろう。しかし、やせ細ったクマンバチを見たことがない。不思議である。
ここまでしてなぜ飛び続けているのだろうか? この姿を見ると、とても蜂だと思えなくなる時がある。数キロ歩く間、ずーーーとこの蜂が前から後ろからこちらを眺めているのである。監視されているような感覚になってくる。ひょっとしてこれは世界最小の虫型偵察ドローンではないのか? ここは自衛隊の演習場へ続く山道である。侵入者の姿や声を収録しているのかもしれない。現代の技術からすれば、この程度のドローンの製作は可能であろう。とは思うのであるが、撮影したところで何の価値もないので、これは取り越し苦労であろう。
かつて、山歩きをしていた時には、砂利道の先にハンミョウがいて、人が近づくとすっとその先へ飛び、人が来るのを待っていることがよくあった。近づくとまたすっと先へ飛んでいく。これの繰り返しで、道先案内人(?)の役割を果たしていた。最近ではハンミョウを見かけなくなった。その代わりをテングチョウがやってくれている。道をパタパタと飛びながら、人が近づくとその先へ飛び、また人が近づくとその先へ飛ぶ。これがしばらく続く。クマンバチ同様に、周りには花が無数にあるにもかかわらず、砂利道の上を飛び回っている。うれしいやら邪魔になるやらで、なんとも複雑な気持ちにさせられる。
再度クマンバチに話を戻す。あまりにも気になってしょうがないので、クマンバチについて調べてみた。そこで驚くべき結果を得ることになったのである。毎年この時期になると、クマンバチがあらわれ、山に入った人の行動の一部始終を観察している、と思い込んでいたことが恥ずかしくなった。「オスのクマンバチは、春の繁殖期になると縄張りを作ってメスを待ち受ける」という。そのために自分の縄張りでホバリングをしているのである。それを見て、監視用の虫型ドローンであると思い込んでいたのである。この時期にホバリングをしているクマンバチはすべてオスということになる。そのクマンバチからじっと見られているということは、メスと勘違いされていたということか? それともたんに動くものに反応していただけということなのだろうか? 何事も思い込みで判断してはいけない。しっかりと調べてみないことには大恥をかくことになる。
頭の中では、リムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」が激しく目まぐるしく鳴り響いてきた。ピアノもいいが、今はフルートの方が恥ずかしさをよりかき消してくれそうな気がする。