106.老人とモラル

 「エスカレーターでは追い越し禁止」「右側通行」「直座りはご遠慮願います」「目のやり場に困るような行動はお控えください」「ティッシュペーパーは適切に適量をご利用ください」「うがいはご遠慮ください」(ウオータークーラー)「ドライヤーは頭髪を乾燥させる用途にてご使用ください」「イスを利用の際は、タオルを敷いていただくか、着替えてからご利用いただけますようお願いいたします」「扇風機ご利用の皆様へ 独占や水飛ばしなど、他の方のご迷惑となる行為はご遠慮くださいませ」(原文通り) 

 これらの注意書きを見て、どこに書かれていたものなのかを言い当てるのはちょっと難しいかもしれない。まだ、他にもたくさんあるが、それらを書き出すと、本日分の文章スペースがなくなってしまうのでこのあたりでやめておく。これは、某スポーツクラブに書かれていたものである。どれも常識を疑うようなものばかりである。ただ、エスカレーターだけは、このままでは理解できないので注釈を加えておく。このエスカレーターは1人用である。ステップ幅が60cm程度である。駅などに設置されているような、2人が並んで立てる幅広のエスカレーターではない。スポーツバッグを肩から下げれば、1人でも側面に接触するくらい狭いものである。始めてこの注意書きを見たときは、何かの間違いではないのかと思ったくらいである。これを掲示してあるということは、何度かクレームが付いたからであろうと思われる。しかし、これだけは実際に見ていないので、いまだに信じられない。それほど不思議な掲示である。

 10年、いやもっと前からスポーツクラブは高齢者の憩いの場となっている。今現在でも、会員の6割以上は高齢者ではないだろうか。そして利用率の高いのが高齢者であるから、スポーツクラブ内の7割程度が高齢者で埋められている。したがって、上記の注意書きも高齢者に向けられて書かれたものであると推測される(実際に多くの注意書き違反をしている老人を見かけた)。70年、80年とこの日本で生きてきた人への注意書きである。本来ならば、人生の大先輩方に対して失礼であろうということになるのであるが、現実はそうではない。どの注意書きを見ても、彼らが幼かったころから大きく変わったような常識はない。あえて言えば、エスカレーターやドライヤー、ウオータークーラーはなかっただろうと思われるが、日常生活を営む中でその存在と使用方法は学んでいるはずである。にもかかわらず、このようなことを書いて注意を喚起しなければならなくなったのはなぜなのか。

 子供のころから常識外れで生きてきたのではないだろう。そうすると、年とともに暴走し、常識から外れてしまったのだろうか。スポーツクラブ側は注意書きを掲示するだけで直接注意はしない。高齢者は注意書きなどお構いなしでやりっぱなしである。注意書きの掲示に対して、いくら老眼が進んでいるからとはいえ、これほど大きな字が読めないということはないと思う。では、読むことはできても内容が理解できないのか? それとも、理解できるが実行できないのか? ここまで生きてくると、今さら失うものもないのだろう。もう、怖いものなしといった感じを受ける。これでは今まで生きてきた人生を全否定することになる、ということに気が付いてもらいたい。高齢になればなるほど今まで生きてきたプライドをより高く持ち、気高く生きていきたいものである。

 このような姿を見れば、かわいい孫から「じいじ」とはとても呼んでもらえない。確実に語順が入れ替わり「じじい」呼ばわりされるだろう。