36.プチ整形
両方の鼻の穴にガーゼを多量に詰め込まれ、まったく空気が通らない。においは当然のことながら、味もほとんど分からない。かろうじて塩辛さと甘さが分かる程度である。この状態で2泊3日、5度の食事を食べた。1日目は腹が減っているのでどうにか食べたが、2日目は食欲がわかない。結局、この間に体重が1.5kg減った。ダイエット法として成立するかもしれない。食べすぎを防止するために、鼻を洗濯バサミで挟んで食事をすればよい。鼻を完全に密閉すると、食べ物を飲み込むことが極端に困難になる。飲み込む瞬間に口の中が真空になり、飲み込んだ直後にのどの奥からポッと鼻のほうへ戻ってくる。液体はもっと大変である。というわけで、食事も水も最小限で過ごした3日間であった。と、まあここまで読むと、美鼻の整形手術を受けたのかと勘違いされかねない。
これは、かつて行ったアレルギー性鼻炎の手術後の姿である。手術をするにあたり、全身麻酔か局部麻酔かの選択がある。ちょっと怖かったが、この程度のものは意識下でするものであると強がって、局部麻酔で行った。1本目の麻酔注射が終わると「おかわり」と一声。『おいおい、ふざけているのか?』と思っていると、おかわりは5回、合計6本の注射である。手術は直径15cmぐらいの穴の開いた布を顔に被せられて行われた。まず、鼻骨の曲がり修正。ガリガリ、ぺキッ、バリッ、とても骨を削っているような音ではない。骨を砕いている音である。これはちょっと話が違う・・・と思っていると、「ノミ」という声がした。一瞬耳を疑ったがやはりノミである。直径15cmの窓からは見えないが、そのあと「木槌」という声にいよいよ仕上げが始まるという感じが伝わってきた。ところが、「はい、叩いて」という声にドキッとした。医者がだれに対して「叩いて」と言っているのか。この手術室には男性の医者1名と看護婦3名である。コン。「このくらいですか」、「もう少し強く」。コン、コン。『おいおい、看護婦が注射以外の医療行為をしていいのか?』と思ったときにはもう終わっていた。ここまで1時間30分。続いて、鼻の粘膜をレーザーで焼く手術。スイッチが入るとチッ、チッ、チッ・・・チッ、チッ、チッ・・・と0.5秒刻みで3回ずつ小さな音がする。その瞬間、熱っ、と思った直後、ずぅーんと痛みがくる。脳に限りなく近い場所であるから、より一層痛く感じる。そうこうしていると、手術室で焼肉のにおいがしだした。おかしいなと思ったがすぐに答えが出た。鼻の中でBBQである。脂身の少ない赤身の肉を焼いたときのにおいである。こんなことなら野菜を入れておけばもっと楽しめたのにと後悔した。BBQをするので、「昼食は絶食してください」といわれたのか? と余計なことを考えていると、麻酔の効きも弱くなって、終わり間際は根性焼き状態である。全身汗びっしょりになっていると、看護婦から「アツイですか?」の問いかけ。「アツイです」と即答。この直後、手術台が急に冷えてきた。水冷式になっているようである。「暑い」ではなく「熱い」といったのであるが、通じなかったようである。手術台を冷やすよりは「おかわり」で熱さをやわらげたかったのであるが・・・。レーザー治療が30分。ようやく終了である。と、そのとき、「ガーゼがない」という医者の声。『おいおい、これが今はやりの医療ミスか?』。鼻に詰めたガーゼの1個は手術中にのどへ落ちてきたので吐き出した。しかし、もう1個は・・・。結局、内視鏡で探すことになったが見つからない。どうやら、麻酔の効きがピークのころに飲み込んだようである。とりあえず一件落着である。これで数年間はアレルギー性鼻炎とは縁が切れる。しかし、鼻の粘膜が再生されると、数年後には元通りのアレルギー性鼻炎が再発である。快適さを求めてもう一度、とはならない。もうこりごりである。BBQは庭でやるのが一番である。