72.ウグイス

 「ウメにウグイス」というのは定番である。きれいに咲いたウメの木にとまるウグイスを想像するだけで心が和む。ウメはまだ寒い時期の2月ごろから咲き始めるものもある。気候変動や地域差もあり、ウメが咲くのとウグイスが鳴き始めるのが同時ということはまれかもしれない。先日、習慣になった山歩きに出かけたときは、梅が咲き終わった3月中旬であった。この時にウグイスの初鳴きを聞いた。この日は住宅街の庭、里山の林の中、山の中腹の雑木林、いたるところで鳴いているのを聞いた。もちろん鳴いているのはオスである。一般的に考えるとこの倍のウグイスがいることになるが、その姿を目にすることはほとんどない。

 鳥の鳴き声に関してそれほど詳しいわけではない。山歩きをしていて、鳴き声で分かる鳥は、ウグイス、メジロ、ヒヨドリ、シジュウカラくらいである。これらも鳴いているのはよく聞くが、姿はほとんど見かけることはない。それだけ自然の中にいる鳥というのは目立たないものなのであろう。ハトやカラス、スズメがむしろ特別なのかもしれない。

 鳴き声だけしか耳にすることがない鳥たちに対しては、種類はわかっても個体を識別することはできない。ところがよく聞いていると、ウグイスだけは個体が識別できる。鳴き声はだれもがよく知っている「ホ~ッ、ホケキョ」である。ところが、この「ホ~ッ、ホケキョ」を正しく鳴けるウグイスはほとんどいない。「ホッ、ホケキョ」「ホー、ホッ、ホッ、ホケキョ」「ホーッ、ケキョキョ」等である。したがって、鳴いているウグイスの個体数がよくわかる。かつて、小鳥屋でウグイスやメジロが売られていたころ、小鳥屋のおやじが売り物のウグイスに、正調「ホ~ッ、ホケキョ」を録音したテープを聞かせていたのを思い出す。こうすることで、ウグイスが正調「ホ~ッ、ホケキョ」を鳴けるようになるという。そんなことをしなくても、ウグイスはみんな生まれた時から、正調「ホ~ッ、ホケキョ」と鳴けるものだと思っていた。もし、購入したウグイスが、「ホーッ、ケキョキョ」と鳴けば、まちがいなく問題が発生するだろう。

 いろいろな「ホ~ッ、ホケキョ」を聞いて思ったことは、いったいどれが正しい鳴き方なのだろうか、ということである。人間にとっては最も聞こえがいいのは、正調「ホ~ッ、ホケキョ」である。しかし、聞いているとウグイスの数だけ鳴き方があるように思える。どれが正しいとか正しくないということ以上に、その鳴き方によってどれだけメスにアピールできるかがより気になるところである。正調「ホ~ッ、ホケキョ」が最も人気があるのか、それとももっと変わった鳴き方にメスが興味を示すのか? 非常に気になるところであるが、肝心のウグイスの姿が見えないだけになんともならない。「鳴き声はすれど姿は見えず」なんとももどかしいかぎりである。しかし、よくよく考えてみると、すべての鳴き方が正しいように思う。なぜなら、正調「ホ~ッ、ホケキョ」が最も人気があるのであれば、小鳥屋のおやじがやっていたように、すべてのウグイスが正調「ホ~ッ、ホケキョ」を真似るはずである。ウグイスが絶滅寸前だということではないところを見ると、正調でなくても繁殖できているのだろう。鳴き方ではなく、鳴くことで自分の存在を「ここにいるよ!」とアピールしているのであろう。とは思いつつも、山歩き中は正調「ホ~ッ、ホケキョ」を聞きたい。