89.価値観
価値観は時代と共に変わっていくものである。
腕時計に関してみていくことにする。時計がない頃は、太陽の位置をたよりにおおよその時間を知る事が出来ただろう。しかし、これではおよそとしか表現が出来ない。どうしてももう少し確実な表現をしたいという欲求が出てくる。短い時間であれば、砂や水を使う事も可能であろう。しかし、1日という長い時間を正確に刻むには他の方法が必要になる。そこでできるのがギヤを組み合わせた機械式の時計である。ギヤを使う以上は必ず誤差がでる。これはギヤにはバックラッシュという隙間が必要であるからである。このバックラッシュをなくすとギヤは動かなくなってしまう。また、腕時計などであれば、前後・上下・左右とあらゆる方向に動かす事になる。当然時計本体に色々な力が加わる事になり、誤差を生む原因となる。この誤差を少なくするために多くのギヤを組み合わせている。ギヤを固定するためにはその軸を固定する必要がある。この部分での摩擦や摩耗を極力抑えるために宝石(人工ルビー)が使われる。動力を必要するため、ぜんまいを使用し、ネジを巻いてやる必要がある。その後に、腕を振る事を利用してネジが巻けるようにした自動巻きが作られるようになった。このような努力をして、いかに正確に時を刻む事が出来るかということで、時計は進化してきた。正確なときを刻む事ができる時計が高価な時計であった。時計の価値は正確さが基準であった。ところが、水晶発振子を使ったクォーツは時計の概念を根底から覆すものであった。それほど複雑な機構は必要とせず、電池で水晶発振子に電圧を加える事によって正確に時を刻む事が出来るのである。誤差は月に数秒程度である。最近ではさらに進み電波を利用したものや、発電するもの、使用していない時は表示を止めるものまで、正確でノーメンテナンスなものができてきた。従来の価値観であれば、正確さが価格に比例していたが、現在ではこの価値観が当てはまらない。つまり、まったく誤差がなく、電池の交換も必要としない時計よりも、機械式時計のほうが高価なのである。この高価な機械式時計は1日に10秒前後の誤差を生じる。したがって、1週間に1~2分の誤差が出るために修正を必要とする。さらに手巻であれば毎日ネジを巻いてやる必要が生じる。自動巻きの場合は、毎日使用していないと止まってしまう。止まれば使用する時に時間を合わせる必要がある。このように不便な面がある。世の中が全て便利な方向へ進んでいる中で、不便なままで高価さを維持しているのである。
腕時計に関しては価値が二分化してしまった。日常生活を送る上では、便利なもの安いものメンテナンスがいらないものに価値が見出される。しかし、非日常に関しては究極・限界、芸術性といったものに価値を見出すことになる。腕時計に関しては今後もこの流れは変わらないだろう。