壮大なる実験

<その1>

 わが菜園は1年を通じて雑草が生え放題である。原因はいろいろとあるが、もっとも大きなものは、無農薬で栽培をしているからである。菜園を始めて11年になるが、農薬は1度として使ったことがない。除草もそれほど頻繁に行なわなかった。したがって、多くの雑草が十分に育ち、しっかりと種を実らせることができた。もう一つの大きな原因は、毎年場所を変えて、菜園の六分の一の面積でピーナツを栽培していることにある。なぜピーナツ栽培と雑草が関係するのか? それはピーナツの特性による。菜園日記の「ピーナツのひみつ」でも書いたように、ピーナツは花が咲いた後、子房柄を地中に差し込む。この時に雑草を抜こうとして子房柄を動かすとそれが地中に入れなくなってしまう。そのため、花が咲きだす7月ごろから、収穫する11月上旬ごろまで一切触ることができないのである。その間にメヒシバ(菜園コラム:メヒシバの侵略参照)は発芽してどんどん広がりを見せる。ものすごい勢いで広がり、光を求めて上方向にも伸びてくる。8月も下旬になるとピーナツの葉とメヒシバの葉がほとんど拮抗するくらいになる。9月になるとメヒシバの先端には多くの種子が付く。これらの1粒、1粒がすべてりっぱなメヒシバに成長するのである。想像するだけでも恐ろしいことである。1つの穂でどのくらいの種子が存在するのだろうか? 試しに1本の穂に付く種子の数を数えてみると180個あった。大きさはわずか2mmである。これが数千倍の大きさに膨れ上がるのである。これ以外にも多くの雑草の種子が存在する。それらがそれぞれに多くの子孫を残そうと、あちこちで時機を見て発芽し始める。おそらく菜園内には数十万、数百万・・・、いやそれ以上と思われるくらい雑草の種子が埋もれているものと思われる。「壮大なる実験」を通して、それらの種の数を数えようというのである。「壮大なる愚行」になるかもしれない。それを覚悟のうえで行うのである。
 次回をお楽しみに!
 
<菜園内をきれいに整地>
 
 
<メヒシバでピーナツが見えない>
 
 
<メヒシバの穂>
 
 

<メヒシバの種>

 

<その2>

 菜園のリフレッシュ。11年間にわたり、四季を通じて100種類程度の野菜を栽培してきた。土もかなり疲労しきっているものと思われる。ここで一度リフレッシュ休暇を与え、今後に向けて鋭気を養ってもらおうと思う。といえば聞こえがいいのであるが、実はそれも目的の一つではあるが、本当の目的は他にある。それは、雑草の駆除である。雑草というよりも、もっと正確にいうと雑草の種子を駆除したいのである。わが菜園内に存在する無数の種子をすべて排除したいというのが目的である。では、どのようにすれば、菜園内から雑草の種子を排除できるか? すべての種子を手で拾い集めるというのはほとんど不可能である。砂鉄のように磁石でくっつけるということもできない。もちろん除草剤を含む薬品を用いることは絶対にしない。それを前提にして、雑草の種子を排除しようというのである。いろいろと思案を巡らし、ほとんど知恵の湧いてこない頭を絞りに絞って出した結論がある。それは、菜園内の種子をすべて発芽させ、それを除草するのである。雑草の種子は好光性のものが多いので、地中深くに存在するものは発芽しない。それだけでなく腐敗することもない。おそらく数年、いやそれ以上存在し続けるものと思われる。それらを無理やり地上へ持ち上げることで発芽させようというのである。この作業を延々と繰り返すのである。除草を手で行っていては、とてもすべてを取り去ることはできない。発芽して一定の期間が経過すると、菜園内を耕運機で耕して雑草を埋めてしまうのである。そうすることで発芽した雑草は埋もれて枯れてしまい、同時に埋もれていた雑草の種子が新たに地表へ出てきて発芽する。この作業を1年半繰り返すのである。

 

<その3>

 夏・秋野菜の収穫が終われば、1年半にわたって新たな野菜を植えず、雑草の種子の発芽と除去を繰り返す。例年であれば、冬に向けて小麦を栽培するのであるが、今回に限りこれは休止した。

 夏野菜であるミニトマト、タカノツメ、万願寺トウガラシの収穫を終えると、残るのはサツマイモ、サトイモ、ピーナツである。サツマイモとピーナツは葉の一部が黄色く色づき、そろそろ収穫の時期ですよと教えてくれる。サトイモは葉をだらりと下げ、こちらも収穫を促している。これらの収穫を終えた11月14日、菜園内をきれいに縦横無尽に耕し、レーキで表面の凸凹をならした。ここから壮大なる実験のスタートである。雑草の生えるのを待つ。寒い時期でも、耕作後わずか7日で雑草の発芽が始まった。しばらく放置し、まんべんなくいろいろな種類の雑草を発芽させる。一定の区画内に生えた雑草の数を数え、これを菜園内の面積に換算して、除草した雑草の数を確定する。その後、耕運機を走らせ新たな発芽を促す。

 雑草にもそれぞれ発芽する季節がある。秋には秋の、冬には冬の時期を好んで発芽する雑草がある。それらにできるだけ多くの機会を与えるために、発芽して一定の期間が経過すると、また耕して残った種子の発芽を促す。発芽すれば耕して雑草を土中にすき込んで肥料化することを繰り返す。さすがに冬は発芽と成長に日数を要する。冬を主戦場にする雑草は発芽してくるが、早い時期に除草するので種子をつける心配はない。

 

<その4>

 菜園内で果樹を植えている部分を除き、すべてで実験を行う予定であったが、どうしてもニンニクだけは植えておきたかった。したがって、これ用に1畝を提供することとした。

 雑草の種子の多くが好光性種子であると思われるので、耕した後地中深くに埋もれたものは発芽することなく、数年間発芽のチャンスを待っていたと思われる。耕作することで地上近くへ誘導された種子は大喜びで発芽するのである。

 毎年春から秋まで多くの野菜を植えて、色とりどりの葉や実が目や胃袋を楽しませてくれていた。冬でもムギを植えて、菜園内を活気づけていた。それがある日突然、全く何も植えられず、一面がきれいに耕作されたままになっているのである。しかも、雑草で埋め尽くされるわけではなく、きれいに除草されているのである。日々ここを通る人にとっては、不思議な光景である。何が起きたのか? ひょっとしてここの主が・・・。しかし、それなら雑草が生え放題になるはずである。きれいに除草されているので、いよいよ意味が分からなくなってくるのだろう。

 ある日、ここを通る人から次のような質問を受けた。「なぜ、整地だけして何も植えないのですか?」。当然である。誰が見ても同じ疑問を抱くであろう。しかし「雑草の種をすべて発芽させるという壮大な実験をしています」とは恥ずかしくていえない。間違いなく変人扱いされてしまう。何とか世間を納得させられるいい言い訳はないかと思案した。そこで見つけたのが、「ちょっと土を休ませています」である。これで多くの人は納得してくれるのであるが、どうしても納得してくれない人もいる。「土も疲れるのですか」「疲れるとどのような現象が出るのですか」「土も休ませると元気になるのですか」「どのくらいの期間休ませるのですか」等、である。野菜がよく育つなどと、目に見える表現を使うと、後々気まずいことが起こる可能性がある。ここは目に見えないものを利用するのがいい。土中の善玉菌が増えることで野菜にとっていい環境ができる、といったところが無難そうである。このいい環境は見ることができないし、野菜に聞くこともできないのでなんとなく気が楽である。