143.新説
2026ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが始まった。かつてのような期待感がわいてこない。決して日本選手の成績が期待できないからではない。十分な成績をあげるであろうことは予想できる。にもかかわらずわくわく感がない。夏のオリンピックも同様である。原因のひとつは、どんどん新しくなる競技についていけていないからである。若者のオリンピック離れを引き留めるためかどうかはわからないが若者向けの競技が多い。スケートボードやスノーボードである。もう一つは従来のような走る、飛ぶ、泳ぐといった単純な競技が減ってきたからかもしれない。自分の目で勝敗を判定するのではなく、評価者の評価点で評価をしなければならないことにも原因があるように思う。
オリンピックが様変わりすると同時に不思議なことに気が付いた。新設された競技で日本人の活躍が多くなったことである。それも比較的若い年代の活躍が目に付く。通常、競技人生をかなり積み、練習につぐ練習のたまものとしてオリンピックがあったように思う。スケートボードやスノーボードといった競技を見ていると、従来の競技のように長年経験を重ねてきたと思われるような人を見かけない。
これらの競技で感じるのは、日本人の若者が素晴らしいパフォーマンスをすることである。アイススケートのフィギュアや体操などでも日本選手は素晴らしい活躍をしている。これらから類推すると、日本人、特に若者は回転競技にものすごい能力を秘めているのではないかということである。もちろん想像を絶するような練習をしているのは理解する。海外の選手も同様に練習しているだろう。にもかかわらず、日本人選手が素晴らしい結果を残すのには他に理由があるように思う。陸上競技の短距離といえばジャマイカ、長距離といえばエチオピア・ケニアである。これらについてはいろいろと説が出ているが、ここでは触れないことにする。夏・冬のオリンピックがこのまま続けば、上記競技における日本人の評価が固まるのではないだろうか。
ここで新説である。上記競技の共通点を探すと見事に一致するものが見つかった。それは平衡感覚の素晴らしさである。たて・横・斜めのどのような回転をしていようとも、自分の体をコントロールし着地させる能力である。多くの能力が関係していると思われるが、他国の追随を許さないと思われるのは三半規管の機能ではないだろうか? 民族特有の機能のような気がする。特に日本人の若者に優れた能力を備えている人が多いのではないだろうか。
PS:なんともいいけげんではったりくさい説のように思われるかもしれないが、これは経験からくるものである。かつて三半規管の1個が壊れた。まっすぐ歩くのに数か月、歩きながら振り返ってもふらつかなくなるのに数年を要した。人間が当たり前のようにまっすぐ歩き、きょろきょろできるのは三半規管のおかげである。