東京の郊外から自宅へ戻る電車内での出来事である。駅前で一杯ひっかけてちょうどいい気分で座っていた。読みかけの新書があったのでそれを取り出し読んでいた。酔いと読書欲とのせめぎあいがしばらく続いた。途中の駅で若いカップルが入ってきて正面の座席に座った。どちらもかなり酔っぱらっている。座るや否や頭を寄せ合ってうつらうつらし始めた。二人そろって居眠りできるほど飲めるとは羨ましい限りである。そんなことにかまっていられない。読書を続けよう。しかし、読書を中断しなければならない出来事が発生し始めた。正面に座った女性の膝が徐々に離れていくのである。見てはいけない。読書に集中しよう。しかし、目が活字を追っていない。それよりも内容が頭に入ってこない。これはいけない。席を変えるべきか? いやそれはちょっともったいない気がする。電車内で読書をしているだけである。そこへたまたまカップルが来て座っているのである。女性に強制したわけではない。女性の無意識な状態が自然と目に入ってくるのである。読書を続け、目を休めるため本から目を離しただけである。ただ、その行為を行う回数が増えているのはたしかである。それによって読書を邪魔されているわけであるから、むしろこちらが被害者なのではないだろうか。そんなこんなで一生懸命自分を正当化しようとしていたその時に事件が起こった。
正面に座った女性が突如股を大きく開いたのである。「しまった。どっきりカメラだ」との思いが頭の中全てに広がった。顔面蒼白になると同時に恥ずかしさで赤面していただろう。結局顔色がどうなり、どう変化したかはわからない。しかし、その心配はすぐに解消された。どっきりではなかった。女性は大きく頭を下げ、恐るべき量のゲロを吐いたのである。男性は全く気付くことなく、相変わらずすやすやとお休みである。女性は吐いた後、しっかりと股を閉じてまた居眠りを始めた。大量のゲロが電車の揺れに合わせてあちこちへと領域を広げていく。未消化の食べ物の色と形、それよりも何よりも臭いに耐えられず隣の車両へと移動である。ゲロを吐いても全く動じず、また眠ることができる精神力。同伴している女性が大量のゲロを吐いても全く気付かずに眠れる無神経さ。人間をここまでにさせる酒のすごさに改めて怖さを知った。